東高野街道を歩いてみた

ふと思い立ったので、東高野街道を歩いてみる事にしました。

区間は野崎観音から四条畷神社までの、JRひと駅分ですね。

まずは野崎観音へ向かいます。

商店街を抜けて、府道を越えると氣が変わりますね(*´ω`*)

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東高野街道は京都から高野山へ向かうルートのひとつでして、弘法大師も繰り返し往復した道だそうです。

早速着きました(*´ω`*)

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先にご本尊様へ手を合わせ、それから南条神社へ行きました。お供え用にカップ酒を買って来たのですが、置き場所が無いのでどうしたらいいか分からず・・・持って帰る事にしました(;´∀`)

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では野崎観音を後にし、東高野街道へ向かいます。境内では山登りファッションの方が多かったです。天気もいいし、絶好の登山日和ですね。

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東高野街道です。自治体が丁寧に管理しているようでしてきれいに整備されています。

四条畷の戦いでは、楠木正行率いる南朝軍がここを通ったはずです。戦場は北条町周辺だったそうですから、ここから身と鼻の先ですね。

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案内板をしげしげと。野崎参り公園という施設がすぐ目の前にあるんですが、ここはとても快適な休憩所でした。

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大阪平野は川が多くて、昔は更に河内湖の名残で湿地帯が多かったそうですから、山裾のこの道が便利だったみたいです。真言宗の京都の拠点、東寺へはこの街道が良く利用されていたと、何かの記事で見かけました。

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ここから大通りと合流します。旧街道の風情が感じられなくて、ちょっと残念(*´Д`)

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途中のお寺の門前にこんなのが有りました。門をくぐってみたのですが、良く分からないのですぐ出てきてしまいましたw

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ここを東に行くと北条神社というのが有るそうです。今回は立ち寄らなかったのですが、もうこの辺が四条畷の戦いの主戦場だったのかも知れません。

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見落としてしまいそうでしたが、小川がありました。今は護岸されていますが、当時は左右に草木が生い茂る自然の川だったはずで、景色が脳裏に蘇ってきました。この小川の浅瀬を、遠い昔荷物を担いで渡ったような気がする・・・。

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参詣道に入りました。相変わらず綺麗な街並みです。四条畷神社まであと少し。

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思っていたよりもあっさりと着きました。ちょっと物足りないような・・・。階段を上がろうとすると、メッセージが入ってきました。「よく来た! 石段を駆け上がってまいれ!」・・・え? いや、自分おっさんなんで無理なんですけど(;´∀`)  普通にゆっくり登っていきました。

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手を清めようと手水に来たら菊の花が敷き詰められていて、感動しました。写真で再現できない美しさ、これは実物を見ないと綺麗さが分かりませんね~(*´▽`*)

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社殿で新年のご挨拶をしました。祝詞を奏上したかったのですが、参拝客が次々訪れるので、また次の機会に。

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無事、東高野街道をほんの少しだけですけど歩く事ができました(#^.^#)


さて、スピリチュアルというと、オカルトと隣り合わせな一面もあります。ほぼ自分の為の覚え書き・日記のブログなのですが、公開しているので、他者様が読まれた時にオカルトチックなイメージを与えないよう一応気を付けてはいます。

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なのでこれから書くことも、実際に体験したことなんですけど、気を付けて書いてみます。

 

 

自販機のある休憩所で座りながら「正行公はどんな人だったんだろう?」と考えていますと、右側に気品のある方が立っている感じがしまして、見ますと(肉眼では勿論見えません)直垂?と烏帽子を被った、細マッチョな方がいまして、高貴なオーラが出てるんです。小泉孝太郎さんを武人にしたような感じです。「え、鳥居の外なのに、まさか正行公?」と思いつつ、「あの、正行公ですか?」と尋ねると、涼し気な笑顔で「そうだ」とのお答えが。「神様になられたんですね、おめでとうございます」と、やや頓珍漢な問いかけには「うむ」と嬉し気なお答えがありました。

「あの、自分は正行公の家来だったんでしょうか?」

「しもべだ」

「へ、しもべ?(それって奴隷みたいな感じ?)」

すると、苦笑いを浮かべつつ映像を見せてくれました。

「お、さっき歩いた高野街道だ!」

馬上の正行公の右斜め後ろに武具を抱えて従って歩いている自分がいまして、風景はまるで違うんですが、さっきと同じ間違いなく高野街道でした。それで、しもべというと、今でいう「付き人」みたいな感じでした。

「自分も四条畷の戦いに参加したんでしょうか?」

「そうだ、私を追いかけ、守ろうとして死んだ」

「何歳だったんですか?」

「13だ」

今だと中学生ですね、当然まだ戦闘に参加できるレベルではなかったんでしょうけど、味方には、一人で百人くらい同時に相手をできそうな常人離れした武将がズラリ揃っていました。その人たちが「さすがに今回はマズイな」みたいな話しをしていたのですが、全然臆した雰囲気じゃなかったです。自分は吐き気を催すくらい緊張していたんですけどね。

それで場面が変わって、ひと戦終えた後でしょうか、味方の常人離れした武将たちがズラリ横一列に並んで、真ん中に正行公が居て、何かを叫ぶと同時に全員で突撃していったんです。敵兵がビビッてバラバラ逃げ出して、腰を抜かしてへたり込む人もいて、それを見て自分も凄く興奮したんですね。で、慌てて追いかけて行って・・・。

というところで映像が終わりました。

 

これって自分の妄想なのかな? うーん??  と、半信半疑だったのですが、折角コンタクトを取れたので、あれこれお尋ねしようとしました。が、なぜか何も思いつかないんです。

「無理に尋ねなくとも良いわww」と笑われましたので、「では何か『お蔭』を頂戴できますでしょうか?」と言いますと、「よかろう」と言って、何か黄色? 金色っぽい粒を頭にパラパラっとかけてくれました。米粒より大きくて、ラスク? くらいの大きさだったです。

お礼を申し上げ、そろそろおいとま致しますと伝えましたら、

「うむ、いつでも遊びに来るが良い。皆も待っておるぞ」

との事でした。

「えー!」と思いました。

神社に「遊びに行く」って感覚が全くなかったんですが、確かにそう言われたんです。

でもこれは「気軽に訪ねて参れ」って事なんですよね、きっと。

 

という不思議な体験があったので、書き留めておきます。

これから度々四条畷神社へ伺うと思いますが、この記事はもしかしたら消去するかも知れません。悪しからず(#^.^#)